幹事のつぶやき 「経済政策で人は死ぬか」

オススメ書籍 「経済政策で人は死ぬか?公衆衛生学から見た不況対策」

(デヴィッド・スタックラー、サンジェイ・バス著、草思社、2014年)

「政治のことはよくわからない」という理学療法士に、読んでもらいたい一冊です。医療・介護・福祉に関わる理学療法士の責任は、対象者に最良のサービスを提供することのみに止まりません。社会保障制度の中では、国民の基本的権利としての医療・介護・福祉サービスを受ける権利、およびその制度を維持・管理する責任をも負っていると考えられます。そうであれば、政治に無関心ではいられないはずですが、実際はどうでしょうか?

本書は、政府の予算編成や経済政策の選択が国民の生死にどう影響するかを明らかにした一冊です。医師であり疫学者でもある著者らは、緊縮的な経済政策は一種のイデオロギーであり、国民の健康被害を生むと警鐘を鳴らします。本書は、他国のデータや生々しい事例をもって、「医療はすべて政治であり、政治とは大規模な医療にほかならない」(ルドルフ・フィルヒョウ)ことを教えてくれます。

幸いなことに、我が国には国民皆保険による制度があります。しかし、ここ20年来、医療・介護の成長産業化、持続可能な制度改革などという美名の下に、社会保障費の抑制が行われています。ここで、宇沢弘文氏が提唱した社会的共通資本(social common capitals)という考え方をご紹介したいと思います。社会保障制度が適正に整備され、機能すること、つまり、医療・介護・福祉サービスの供給能力を最大化することが、社会の統合や市場経済の安定的な成長の前提となる、またその制度は日本国民共通の財産であるという考え方です。本書の主張は、この考え方と重なる部分が多く、助け合い支え合う制度の重要性にも示唆を与えてくれます。

本書で描かれている他国の失敗と教訓を知ることは、国民が政治に無関心で、望ましい医療制度が持続し得るだろうかと考える機会を与えてくれます。社会保障制度には、我々理学療法士にも「(社会保障制度という)日本国民の財産」を負託しているという側面があります。そう考えると、希少性や市場価値という経済学的な位置づけを超えた、理学療法士の存在意義を見出そうとする動機が我々の中に生まれるのではないでしょうか。(五)

「幹事のつぶやき」は県連盟幹事が、政治に関する解説、時事批評、エッセイ、書評などを気ままにお届けするものです。是非、感想をお寄せください(hiroshima-info@pt-renmei.info)。なお、本コラムは個人の見解であり、広島県理学療法士連盟の見解ではありません。(広島県理学療法士連盟情報発信・令和元年9月25日・第202号)