「政治とは大規模な医療である」
政府は,75歳以上(後期高齢者)の医療費の自己負担率を原則1割から2割に引き上げる方向性を打ち出しました。来年の通常国会への法案提出は見送られたと報道されましたが,いずれ提出される可能性が高いと考えられます。というのも,昨今の社会保障改革でよく言われるのが,シルバー民主主義の問題と財源をどうするかということであり,これらは広く認識されている問題意識なのではないでしょうか。しかし,この考え方は,安易な解決方法の提案であり,新たな問題を生む危険性を有していると考えられます。
社会保障負担の世代間格差に関して,搾取する側とされる側に分かれるかのような捉え方がされることがあります。実際にそういう面があったとしても,高齢者の負担を増やすことは,適切なのでしょうか。誰もがいずれ高齢者になります。自分が高齢者になった時のことを考え,高齢者の負担を増やすべきではないという考えも可能ではないでしょうか。一方,高齢者は子や孫のために,公平にアクセスできる手厚い社会保障制度を維持・構築したいと考えているかも知れません。高齢者の自己負担を増やせばいいという考えには,いずれ自分の首を絞めることになる危険性があります。また,国民同士あるいは世代間の連帯感を分断してしまう危険性も考えられます。
もう1つが財源論です。更なる消費税率の引き上げに関する様々な報道がありました。一方,社会保障の充実を訴える側からは,公共事業や防衛関連予算の削減,あるいは議員の歳費・経費の削減などが叫ばれることがあります。前者は,国民の安心や安全を蔑ろにする危険性を孕んでいます。国防はもちろん,公共事業と社会保障のどちらも広い意味での安全保障(security)です。後者を減らしたところで,社会保障を充実させることが不可能なのは,数字上明らかです。これらの財源論に通底するのは,政府債務に対する誤解かも知れません。「国の借金で破綻する」と吹聴される日本国債について,財務省は「自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない」と言っています。
オルテガは言いました,「飢饉が原因の暴動では,一般大衆はパンを求めるのが普通だが,なんとそのためにパン屋を破壊するというのが彼らの普通のやり方なのである」。田中昌史氏は,消費税率引き上げについて「重要なことは,国民が納得できる使い方がされているかだと思います」(JPTA NEWS vol. 320)と述べました。国民が納得して,社会保障制度を破壊してしまうことは,十分にあり得ます。私たち理学療法士が政治に関わるのであれば,国民同士の助け合いの大切さと財政の仕組み・役割について,深く考えることから始める必要があるのではないでしょうか。(五)
※「幹事のつぶやき」は広島県理学療法士連盟の幹事が,政治に関する解説,時事批評,エッセイ,書評などを気ままにお届けするものです。是非,感想をお寄せください(hiroshima-info@pt-renmei.info)。なお,本コラムは個人の見解であり,広島県理学療法士連盟の見解ではありません。(広島県理学療法士連盟・令和元年12月11日・第208号)