「インバウンド狂想曲」
政治の役割は,国民生活の安定や持続的な成長を担保・後押しすることであるはずです。今年(令和2年)3月5日に開催された政府の未来投資会議では「国内外から人を全国各地に呼びこむための官民一体となった国民運動」の必要性が,今後の対応の考え方として示されました。官民一丸となったキャンペーンの主眼が,オリンピック・パラリンピックの集客面の成功のためであることは論を俟ちません。しかし,官民一丸となったキャンペーンが,生活の安全保障を改善させるものであるかは疑わしく,その場凌ぎの政策である可能性があります。
新型コロナウィルスの世界的な感染蔓延に関して,医療・介護・教育を含めた社会・経済的に大きな影響が出ていることは説明するまでもないと思います。ただ,ここで忘れてはならないことがあります。それは経済について言えば,大きな落ち込みが始まったのは昨年10月の消費税率引き上げからであると言うことです。昨年10〜12月期の名目GDP(改定値)は前期比▲1.5%,年率▲5.8%,実質GDPは前期比▲1.8%,年率▲7.1%でした。一方,純輸出はプラス化しました。これは輸出が減少しているにも関わらず,それ以上に輸入が減少しているからです。これらから,国内需要の落ち込みに加えて,海外の需要の先行きが怪しいこともわかります。
日本は,人・モノ・金の自由な移動を賞賛するグローバリズムをほとんど絶対的に正しいものとして,それに傾倒してきたように思います。無秩序な人の自由な移動は,病原体の移動も可能にし得るのです。外国人観光客を呼び戻すキャンペーンは,「復興五輪」を礼賛する考えにも通底すると考えます。「オリンピックの遺産」(本コラム令和2年1月22日)で指摘したように,日本は被災地の復興が終わっていない段階で,復興資源が被災地から割かれることになるだろう「復興五輪」の開催を志してしまった国家です。経済ショックの端を発した消費税率の引き上げの影響を軽視・無視して,外需を呼び戻そうと言うのは,外需への依存を強め,却って我々日本国民の生活を不安定化させる危険性があるでしょう。観光は水物である(それは国内の観光にも当てはまる)と同時に,外需こそ水物であるからです。そろそろ政策の転換が必要なのではないでしょうか。
財政的に破綻の可能性が極めて低い政府こそが,長期的かつ計画的な消費や投資を行える経済主体です。デフレや非常事態において,その役割の重さは増すはずです。「生活を守る」ことは本来普通であるはずが,昨今の政治においては軽視されてきました。それは,政治家の問題であると同時に(それ以上に),我々主権者の問題なのではないでしょうか。(五)
※「幹事のつぶやき」は広島県理学療法士連盟の幹事が,政治に関する解説,時事批評,エッセイ,書評などを気ままにお届けするものです。是非,感想をお寄せください(hiroshima-info@pt-renmei.info)。なお,本コラムは個人の見解であり,広島県理学療法士連盟の見解ではありません。(広島県理学療法士連盟情報発信・令和2年3月11日・第214号)